古田監督さようならのこと
10月7日の神宮は近年では例を見ない超満員であった。いつもこんなに満員なら、補強もスムーズにいくのにな、と思いながら観戦した。このファン達はいつもはなんで球場に来ないんだろう、どこで何をしているんだろう、などと八つ当たりとしか言い様のないダークな感情が込み上げながら、私はここで夜を過ごした。古田監督さようなら、という気持ちは同時に、ヤクルトの数少ない幸せな時代の終わりの始まりではないか、と言う心配とごちゃ混ぜになってどうしようもない一夜であった。二日経っても、私の感情は整理がつかない。
古田監督が最後に言った言葉、”また会いましょう”を聞いた時、周囲は狂乱したが、私の感情の動揺は頂点に達した。私の感情はあの時神宮に居た3万3027人分の1に過ぎないことはわかっているが、それでもなお、ここで言わずには居られない。”帰ってきた時、雪辱をそそげる自信はあるのか?”と。
前にも書いたが、古田さんはまさに頂点に達した数少ない名選手であった。私は、歴代ヤクルトの選手の中で名選手筆頭は若松さんだと信じているが、古田さんは文句なくナンバー2であった。しかし、それでもなお、今の古田さんが今のままで再び監督になることには賛成できない。私の全く個人的な感情としては、監督に再任して失望させないでほしい、名選手のままでいてほしい、と言うことである。
球場を支配する感情は、”古田さんが悪いのではない、補強をしなかった(積極的でなかった)フロントが悪い”というもので統一されていた。本当にそう思っているのであろうか?中村ノリ選手を取っておけば、CS進出を果たしたと思っているのであろうか?冷静になって考えれば、今期の最大の失敗は中継ぎ、抑えの崩壊で、これは今期の補強では解決できないのである。精々、投手の豊富な球団にトレードを申し込むのが関の山で、今どき、優秀な中継ぎを取るにはこちらもかなりの出血を覚悟しなければならず、そんな人材は現状のヤクルトにはいないのである。確かに、中村選手を取っておけば、サードは固くなるであろう。しかし、最下位を免れるのがやっとである。5位なら解任されないのか、と言えばそんなことはあるまい。勝ちゲームに使うべき中継ぎが、他球団の敗戦処理投手の防御率を上回る状況は古田さん自身の責任であり、これについては言い訳が聞かないはずなのである。その意味で、今期の低迷の責任を取るならば(私は今期に限っては取らなくても良いと考えているが)、それはフロントの責任というよりは古田さんの責任のはずなのである。
私が、神宮で当てられたのは、日本人特有の”ひいきの引き倒し”という感情が集団となって強要してくることであった。確かに滅び行くものには、この感情は礼儀であろう。しかし、古田さんは死んでしまうわけではなく、これからも野球人として生きて行くはずなのであり、その人に対して、全面肯定をすると言うことは、変化を何も期待しない、と言うことではないか。監督としての古田さんの辞任には今期の低迷があり、カムバックを期待するならば、何か変化をしてくれなければ、同じ失敗をするのである。
私のここで言っていることは少数意見であることは十分承知しているし、幾らも反論はあろう。ただ、へそ曲がりである私は、一言でもいいから、古田さん自身の口から、嘘でもいいから、今期の低迷の責任は自分にあり、具体的に何が悪かったのか、と言う自己反省の言葉が欲しかった。しかし、古田さんは遂にそれを言ってはくれなかった。私はこの態度に古田さんの限界を見ている気がしてならないのである。そして、選手としての古田さんを崇拝しているだけに限界を見せられたくはないのである。
古田監督が最後に言った言葉、”また会いましょう”を聞いた時、周囲は狂乱したが、私の感情の動揺は頂点に達した。私の感情はあの時神宮に居た3万3027人分の1に過ぎないことはわかっているが、それでもなお、ここで言わずには居られない。”帰ってきた時、雪辱をそそげる自信はあるのか?”と。
前にも書いたが、古田さんはまさに頂点に達した数少ない名選手であった。私は、歴代ヤクルトの選手の中で名選手筆頭は若松さんだと信じているが、古田さんは文句なくナンバー2であった。しかし、それでもなお、今の古田さんが今のままで再び監督になることには賛成できない。私の全く個人的な感情としては、監督に再任して失望させないでほしい、名選手のままでいてほしい、と言うことである。
球場を支配する感情は、”古田さんが悪いのではない、補強をしなかった(積極的でなかった)フロントが悪い”というもので統一されていた。本当にそう思っているのであろうか?中村ノリ選手を取っておけば、CS進出を果たしたと思っているのであろうか?冷静になって考えれば、今期の最大の失敗は中継ぎ、抑えの崩壊で、これは今期の補強では解決できないのである。精々、投手の豊富な球団にトレードを申し込むのが関の山で、今どき、優秀な中継ぎを取るにはこちらもかなりの出血を覚悟しなければならず、そんな人材は現状のヤクルトにはいないのである。確かに、中村選手を取っておけば、サードは固くなるであろう。しかし、最下位を免れるのがやっとである。5位なら解任されないのか、と言えばそんなことはあるまい。勝ちゲームに使うべき中継ぎが、他球団の敗戦処理投手の防御率を上回る状況は古田さん自身の責任であり、これについては言い訳が聞かないはずなのである。その意味で、今期の低迷の責任を取るならば(私は今期に限っては取らなくても良いと考えているが)、それはフロントの責任というよりは古田さんの責任のはずなのである。
私が、神宮で当てられたのは、日本人特有の”ひいきの引き倒し”という感情が集団となって強要してくることであった。確かに滅び行くものには、この感情は礼儀であろう。しかし、古田さんは死んでしまうわけではなく、これからも野球人として生きて行くはずなのであり、その人に対して、全面肯定をすると言うことは、変化を何も期待しない、と言うことではないか。監督としての古田さんの辞任には今期の低迷があり、カムバックを期待するならば、何か変化をしてくれなければ、同じ失敗をするのである。
私のここで言っていることは少数意見であることは十分承知しているし、幾らも反論はあろう。ただ、へそ曲がりである私は、一言でもいいから、古田さん自身の口から、嘘でもいいから、今期の低迷の責任は自分にあり、具体的に何が悪かったのか、と言う自己反省の言葉が欲しかった。しかし、古田さんは遂にそれを言ってはくれなかった。私はこの態度に古田さんの限界を見ている気がしてならないのである。そして、選手としての古田さんを崇拝しているだけに限界を見せられたくはないのである。
御立派な巨人、御立派に優勝を決めること
熱帯魚編を今日はお休みして、セリーグの優勝について私の考えをお話したい。まずは、タイトル通り、原監督率いる巨人が御立派にも優勝されました事につきまして、御立派なことでおめでとうございます。実際のところ、私はブログの名前にもあるように東京ヤクルトのファンなので、そして、今年のヤクルトが優勝するわけがないことはわかっていたので、正直どこが優勝してもあんまり関係はないのだが、やっぱりここだけは優勝してもらいたくはなかったのである。
そもそも、今年のペナントが始まる時点で、余程自球団に対して熱烈な愛を持ち、周りが見えないファン以外はセリーグの優勝は御立派な巨人だろうなと考えていたと思う。オフにあれだけ戦力を増強していたのであり、これで優勝を逃したらそっちの方がびっくりだったのである。小笠原、門倉の移籍はFAなので、なんとも思わないと言えば、嘘であるがそれでもまだ納得が出来た。しかし、谷の移籍については御立派なことで、としか言い様がなく、こんなことは普通はあり得ないのである。小久保の時もそうであったが、本当にいい加減にしてもらいたい。他チームの中心選手をなりふり構わず掻き集めるのはこのチームの御立派なところで今に始まったことではないのだが、それにしても近年のなりふり構わなさぶりは御立派すぎる。金銭トレードとか無償トレードとか御立派にも程があるのである。加えて、今期はピッチャー陣の整備のために尾花さんを買ってきて投壊の建て直しを成功させた。元々、他球団のドラフトに掛かりながらそれを断り続け、最後に希望枠で入団するなど御立派としか言い様のないやり方で入団した(何のためにドラフト制度があるのか解っているのであろうか)、才能だけはある投手がいるのであるから、尾花さんなら建て直せるのである。
さて、ペナントが始まると、予想通り、御立派な巨人は豊富な戦力で原監督の御立派な采配をマスキングして勝ち進んだ。交流戦が終わるまでは圧倒的であった。本当に御立派であった。風向きが変わったのは交流戦明けからであった。中日、阪神が猛追したからである。特に、阪神はあのJFK以外は貧弱極まる戦力で本当によく戦った。阪神の選手達は本当によく頑張ったと思う。結束力は個々の能力の足し算に勝ると言う、人々が最も好む集団の姿を具現化していた。私は、9月の上旬の東京ドームで阪神が巨人を3タテした時、阪神は絶対に優勝すると思った。
本当に不可解なことに、9月の下旬から急に阪神が連敗を開始した。私は神宮球場で9月21日に観戦したが、阪神ベンチは表現の仕様のない雰囲気であった。私の居た内野席から3塁側ベンチを見ると、まるで覇気がなかった。仲が悪い訳では無さそうだったが、まるでモチベーションが見られなかった。案の定、阪神は大敗した。私はヤクルトがとても勝てるとは思っていなかったので、もちろん嬉しかったにしろ、同時に何か腑に落ちないものがあった。その後、週刊誌で鳥谷選手の不倫記事が掲載されたと聞いた時、まっ先に”ああ、その手を使ったな”と思った。普通、訴訟などに対応するために写真週刊誌は発売前にターゲットに連絡するからである。邪推の要素を否定しきれないので、この件については確証がないことをここで明記しておくが、それでもあの報道はタイミングが良すぎるのである。そもそも、私が不審に思ったのは、なぜ”鳥谷選手”なのか?と言う点である。関西の事は知らないが、関東では鳥谷選手には申し訳ないが、ほとんど無名に近い選手である。私が知っているだけでも、このようなプライベートなスキャンダルなど、御立派な巨人の選手にもいるし、楽天のホームランバッターである選手、ソフトバンクの中心選手にもいる。彼等はニュースバリューとしては鳥谷選手よりも遥かに勝るのである。しかし、彼等のネタは出てこない。私が知っている程度の事をマスコミが知らないなど考えられないので、やはりあの報道には裏があると考えた方が自然であると思う。私の高校、大学時代の友人達で報道、出版関係に就職している者は何人もいるが、私の見方は間違っていないと言う。マスコミは常に情報を持っていているのだが、もっとも効果的な時、あるいは彼等にとって都合の良い時に、それを大衆に報道するのである。他にも奇怪な日程など不審なことは沢山あるが、紙面が長くなるのでここでは触れない。
今年の御立派な巨人の優勝で私の微かな希望は、CS、日本シリーズにも巨人が勝って、そのかわりに御立派な補強のために他球団を食い物にするのを控えてくれないかな、という事である。そうすれば、来年も少しは野球を楽しめるのである。そうでないと、ペタジーニを捕られたことをまた思い出さなければならないのである。
そもそも、今年のペナントが始まる時点で、余程自球団に対して熱烈な愛を持ち、周りが見えないファン以外はセリーグの優勝は御立派な巨人だろうなと考えていたと思う。オフにあれだけ戦力を増強していたのであり、これで優勝を逃したらそっちの方がびっくりだったのである。小笠原、門倉の移籍はFAなので、なんとも思わないと言えば、嘘であるがそれでもまだ納得が出来た。しかし、谷の移籍については御立派なことで、としか言い様がなく、こんなことは普通はあり得ないのである。小久保の時もそうであったが、本当にいい加減にしてもらいたい。他チームの中心選手をなりふり構わず掻き集めるのはこのチームの御立派なところで今に始まったことではないのだが、それにしても近年のなりふり構わなさぶりは御立派すぎる。金銭トレードとか無償トレードとか御立派にも程があるのである。加えて、今期はピッチャー陣の整備のために尾花さんを買ってきて投壊の建て直しを成功させた。元々、他球団のドラフトに掛かりながらそれを断り続け、最後に希望枠で入団するなど御立派としか言い様のないやり方で入団した(何のためにドラフト制度があるのか解っているのであろうか)、才能だけはある投手がいるのであるから、尾花さんなら建て直せるのである。
さて、ペナントが始まると、予想通り、御立派な巨人は豊富な戦力で原監督の御立派な采配をマスキングして勝ち進んだ。交流戦が終わるまでは圧倒的であった。本当に御立派であった。風向きが変わったのは交流戦明けからであった。中日、阪神が猛追したからである。特に、阪神はあのJFK以外は貧弱極まる戦力で本当によく戦った。阪神の選手達は本当によく頑張ったと思う。結束力は個々の能力の足し算に勝ると言う、人々が最も好む集団の姿を具現化していた。私は、9月の上旬の東京ドームで阪神が巨人を3タテした時、阪神は絶対に優勝すると思った。
本当に不可解なことに、9月の下旬から急に阪神が連敗を開始した。私は神宮球場で9月21日に観戦したが、阪神ベンチは表現の仕様のない雰囲気であった。私の居た内野席から3塁側ベンチを見ると、まるで覇気がなかった。仲が悪い訳では無さそうだったが、まるでモチベーションが見られなかった。案の定、阪神は大敗した。私はヤクルトがとても勝てるとは思っていなかったので、もちろん嬉しかったにしろ、同時に何か腑に落ちないものがあった。その後、週刊誌で鳥谷選手の不倫記事が掲載されたと聞いた時、まっ先に”ああ、その手を使ったな”と思った。普通、訴訟などに対応するために写真週刊誌は発売前にターゲットに連絡するからである。邪推の要素を否定しきれないので、この件については確証がないことをここで明記しておくが、それでもあの報道はタイミングが良すぎるのである。そもそも、私が不審に思ったのは、なぜ”鳥谷選手”なのか?と言う点である。関西の事は知らないが、関東では鳥谷選手には申し訳ないが、ほとんど無名に近い選手である。私が知っているだけでも、このようなプライベートなスキャンダルなど、御立派な巨人の選手にもいるし、楽天のホームランバッターである選手、ソフトバンクの中心選手にもいる。彼等はニュースバリューとしては鳥谷選手よりも遥かに勝るのである。しかし、彼等のネタは出てこない。私が知っている程度の事をマスコミが知らないなど考えられないので、やはりあの報道には裏があると考えた方が自然であると思う。私の高校、大学時代の友人達で報道、出版関係に就職している者は何人もいるが、私の見方は間違っていないと言う。マスコミは常に情報を持っていているのだが、もっとも効果的な時、あるいは彼等にとって都合の良い時に、それを大衆に報道するのである。他にも奇怪な日程など不審なことは沢山あるが、紙面が長くなるのでここでは触れない。
今年の御立派な巨人の優勝で私の微かな希望は、CS、日本シリーズにも巨人が勝って、そのかわりに御立派な補強のために他球団を食い物にするのを控えてくれないかな、という事である。そうすれば、来年も少しは野球を楽しめるのである。そうでないと、ペタジーニを捕られたことをまた思い出さなければならないのである。
古田さんは野村監督の弟子なのか、のこと
余計な前振りは避けて、前回に引き続き、古田さんについて私の感じたことを述べていきたい。
前回、私はヤクルトの若手がみんな精神的に子供であり、その責任の一端は古田さんにあるのではないかと述べた。これには理由がある。去年までうちのチームの公認マネージャー?だった磯山さやかさんの書いた”女子マネ主義”?という本がある。余談だが、この年になってアイドル本などを買うのは大変恥ずかしいのであるが、今はアマゾンなどがあるので便利である。磯山さんは神宮でよく見かけたが、いつも元気に走り回っていた印象がある。なんで今年はやめちゃったのかな?
磯山さんの話は別の機会にするとして、去年出されたこの本(つまり、古田さんの監督就任一年目)の中で、古田さんとの対談が載っている。面白いことに週べなどと違い、アイドル本であるから、古田さんもガードが緩まっているせいか、結構正直に考えを開陳しているように見える。その中で、野村監督のアンチテーゼとして、自分は選手自身の判断ではなく、積極的に自分の判断を伝達すると述べている。選手に判断ミスによる責を負わせたくないと言っているのである。私はこのことが頭にあったので、テレビで常に選手の目線を追っていた。すると、前回お話したように、若手選手たちは必ずベンチを確認している。
私は今期のヤクルトの不振は結局これが、つまり、古田さんが野村監督のアンチテーゼにこだわったことが最大の原因であると思う。中継ぎ陣は毎回同じように打たれ、守備では同じようにエラーし、チャンスでは同じように凡退した。改善とか反省は少なくとも外から見ている限り見られなかった。選手が自立しないからであろう。野村監督は世間で多少誤解されているが、データや小技だけではなく、選手は自立し、その中で信頼関係を築くことが重要であると繰り返し述べている。それを含めて”無形の力”なのである。その意味で古田さんは野村監督の弟子なのであろうか?確かに、配球など技術的なことは野村監督の影響が強く弟子であろう。しかし、野球という団体競技では、技術に負けず、自立した人間関係の構築が重要であり、これは今年の巨人、敗戦の責任を自分とせず、常にピッチャーとする阿部選手(門倉選手に対する発言などは大変見苦しい)などを捕手としている巨人を見れば納得がいくのではないか。戦力的には他を圧倒しているにもかかわらず、阪神に大きく負け越し、おそらくペナントの優勝を落とすのは、この自立した人間関係の構築を軽視しているからではないか。そして、古田さんもまた、ニュアンスは異なるもののその轍を踏んでいるように思えるのである。むしろ、私の目から見ると、阪神の矢野さんのほうが余程野村監督の弟子である。
話は多少ずれるが、ヤクルトの黄金時代を支えた飯田さんがフルスタ宮城で去年引退した。私は仙台まで見に行ったが、飯田さんが号泣しながら野村監督に抱きついていた姿が今でも目に焼きついている。飯田さんは引退の挨拶の中で技術に限らず、野村さんが教えてくれたこと、野村さんに出会ったことが自分を創ったと話した。この技術以外のことが重要なのであり、ヤクルトの2軍コーチである今、是非とも技術以外のことを選手に浸透させてほしいものである。
日本では、監督の専任事項があいまいであり、結果、監督の素質というのもあいまいであり、いわゆる”名将”というものをカテゴライズするのは難しい。野村監督の手法が絶対的ではなく、シチュエーションが違えばおのずと要求されるものも変わるであろう。しかし、少なくともヤクルトのような弱小球団では野村監督の言う”無形の力”なしには戦えないのではないか。古田さんがこのまま終わるとは思えない。来たるカムバックの際には是非とも人間集団の管理を考えて”名将”になってもらいたいのである。
前回、私はヤクルトの若手がみんな精神的に子供であり、その責任の一端は古田さんにあるのではないかと述べた。これには理由がある。去年までうちのチームの公認マネージャー?だった磯山さやかさんの書いた”女子マネ主義”?という本がある。余談だが、この年になってアイドル本などを買うのは大変恥ずかしいのであるが、今はアマゾンなどがあるので便利である。磯山さんは神宮でよく見かけたが、いつも元気に走り回っていた印象がある。なんで今年はやめちゃったのかな?
磯山さんの話は別の機会にするとして、去年出されたこの本(つまり、古田さんの監督就任一年目)の中で、古田さんとの対談が載っている。面白いことに週べなどと違い、アイドル本であるから、古田さんもガードが緩まっているせいか、結構正直に考えを開陳しているように見える。その中で、野村監督のアンチテーゼとして、自分は選手自身の判断ではなく、積極的に自分の判断を伝達すると述べている。選手に判断ミスによる責を負わせたくないと言っているのである。私はこのことが頭にあったので、テレビで常に選手の目線を追っていた。すると、前回お話したように、若手選手たちは必ずベンチを確認している。
私は今期のヤクルトの不振は結局これが、つまり、古田さんが野村監督のアンチテーゼにこだわったことが最大の原因であると思う。中継ぎ陣は毎回同じように打たれ、守備では同じようにエラーし、チャンスでは同じように凡退した。改善とか反省は少なくとも外から見ている限り見られなかった。選手が自立しないからであろう。野村監督は世間で多少誤解されているが、データや小技だけではなく、選手は自立し、その中で信頼関係を築くことが重要であると繰り返し述べている。それを含めて”無形の力”なのである。その意味で古田さんは野村監督の弟子なのであろうか?確かに、配球など技術的なことは野村監督の影響が強く弟子であろう。しかし、野球という団体競技では、技術に負けず、自立した人間関係の構築が重要であり、これは今年の巨人、敗戦の責任を自分とせず、常にピッチャーとする阿部選手(門倉選手に対する発言などは大変見苦しい)などを捕手としている巨人を見れば納得がいくのではないか。戦力的には他を圧倒しているにもかかわらず、阪神に大きく負け越し、おそらくペナントの優勝を落とすのは、この自立した人間関係の構築を軽視しているからではないか。そして、古田さんもまた、ニュアンスは異なるもののその轍を踏んでいるように思えるのである。むしろ、私の目から見ると、阪神の矢野さんのほうが余程野村監督の弟子である。
話は多少ずれるが、ヤクルトの黄金時代を支えた飯田さんがフルスタ宮城で去年引退した。私は仙台まで見に行ったが、飯田さんが号泣しながら野村監督に抱きついていた姿が今でも目に焼きついている。飯田さんは引退の挨拶の中で技術に限らず、野村さんが教えてくれたこと、野村さんに出会ったことが自分を創ったと話した。この技術以外のことが重要なのであり、ヤクルトの2軍コーチである今、是非とも技術以外のことを選手に浸透させてほしいものである。
日本では、監督の専任事項があいまいであり、結果、監督の素質というのもあいまいであり、いわゆる”名将”というものをカテゴライズするのは難しい。野村監督の手法が絶対的ではなく、シチュエーションが違えばおのずと要求されるものも変わるであろう。しかし、少なくともヤクルトのような弱小球団では野村監督の言う”無形の力”なしには戦えないのではないか。古田さんがこのまま終わるとは思えない。来たるカムバックの際には是非とも人間集団の管理を考えて”名将”になってもらいたいのである。
古田監督お疲れ様でした、のこと
今日は熱帯魚編の続きを書こうと思っていたのだが、古田監督が辞任されると言う報道があり、こちらを先にしようと思う。
我々ヤクルトファン、とひとくくりにしても問題はないと思うが、我々にとって選手としての古田さんは”我々の誇り”であった。最も幸せな時代であった野村監督の時期でさえ、他球団のファンにうらやましがられる選手と言うのはほとんど在籍していなかったのであるが、古田さんは例外中の例外であった。文句なく、若松さんの後を継ぐミスタースワローズであった。
選手としてではなく、選手会の会長としても辣腕を振るわれた。皆さんも私に教えられるまでもなく、プロ野球再編問題の際の古田さんの活躍は御記憶に新しいと思われる。世論を確実に味方につけ、楽天球団の誕生を導くことに成功した。あの頃の古田さんは本当に輝いていた。
しかし、昨年から兼任監督に就任されてから、古田さんの輝きはどんどん失われていった。最初に断っておくが、私は前も述べたように、今期のうちのチームの不振は古田さんだけの責任ではなく、今期での辞任にはあまり納得できない気がする。ただ、これも前回述べたことであるが、古田さんの監督としての能力には疑問が残るのである。
今期の不振は、結局のところ、中継ぎ、抑えの投手の崩壊、内野の布陣の失敗に尽きる。先発はグライジンガーさんがおり、序盤は出遅れたにせよ他の投手陣もそこそこ頑張ってくれた。決して他球団に比べて弱いとは言えまい。横浜や広島と遜色がないのではないか。阪神よりはむしろ上であると言える。攻撃についても、岩村さん、ラロッカさんが抜け、リグスさんが脱落したとはいえ、青木さんとラミレスさんの二枚看板がおり、宮本さんだって頑張っているし若手もそこそこ打ってむしろ強力でさえあった。
問題は、なぜ中継ぎ、抑えの崩壊が起こったか、そしてこんなに内野の守備が乱れるのか、と言うことである。コーチ陣がうまく指導しないのかも知れない。ロケットボーイズが復活できないせいもあるであろう。もちろん、金がないと言って秋季キャンプを満足に行わなかった影響もあるであろう。しかし、それ以上に気になるのは、投手陣、野手陣共に私のような素人目で見ても自立したプレーが見られないことである。ピンチになった時、捕手は一球ごとにベンチを見る。守備位置を変えるときも必ずベンチを見る。チャンスの時、バッターは一球ごとにベンチを見る。まるで褒められたい子供が大人の顔色を常に伺うように、彼等は必ずベンチを見るのである。こんなにベンチを見る球団は他にはない。おそらく、ベンチから懇切ていねいな指示が出るのであろう。その指示に従っている限り、失敗しても咎められないし、自分の責任を感じないでもすむのであろう。このような環境は選手にとっては楽であろう。しかし、責任を感じない環境は自分の判断力を伸ばすことなく、結果として同じ過ちを繰り返していたのではないか。
野村監督は著書の中でヤクルトの選手は大人であった、と何度も書いている。しかし、今期のヤクルトメンバーは若手に限って言うならば子供であったように思える。しかも、たちが悪いことに地球上で最も役に立たない”親の顔色を常に伺う世間で言う良い子”であった。その筆頭が田中浩康選手である。私は正直、あの選手だけは見たくないし、使ってほしくない。彼には何度も何度も幻滅させられたが、特に酷かったのがあの忌まわしい阪神戦である。ヤクルトファンなら皆覚えているであろうが、5回表の攻撃で彼はボーグルソンさんからフェイクの死球で塁に出た。そのこと自体、卑怯でがっかりなのだが、それはまだ良い。これによって、ボーグルソンさんは制球を乱され、結果としてリグスさんが満塁ホームランを打って一時は逆転に成功した。問題はその後である。あんなことをされれば、相手は怒るに決まっているのである。つまり、あのようなアンフェアプレーをするならば、相手の怒りを受け止める気構えをもつべきなのである。それなのに、田中選手は次の打席でウィリアムスさんから報復に近い球を投げられると顔面蒼白となり、気死してしまったのである。あの時点で頭は真っ白になっていたのであろう。次の打席で球児くんのワイルドピッチの際に振り逃げを忘れ、同点機をみすみす潰して試合は終わった。おそらく、頭が飽和していて打席に立っているのがやっとだったのであろう。まさに、一度も怒られたことのない子供が始めて叱られたときの反応であった。プロ野球でこんなものを見せられてはたまらないのである。田中選手に限らず、今期のヤクルトは若手選手が青木さんを除いて皆子供であった。思い返せば、野村監督のときも、若松さんのときも、たとえ戦力が整わず、負けが込んでいようとも選手は大人であった。こんな情けない負け方はしなかった。残念ではあるが、選手を子供にした責任の一端は古田さんにあったのではないか。
次回も、古田さんについてもう少し述べていきたい。
我々ヤクルトファン、とひとくくりにしても問題はないと思うが、我々にとって選手としての古田さんは”我々の誇り”であった。最も幸せな時代であった野村監督の時期でさえ、他球団のファンにうらやましがられる選手と言うのはほとんど在籍していなかったのであるが、古田さんは例外中の例外であった。文句なく、若松さんの後を継ぐミスタースワローズであった。
選手としてではなく、選手会の会長としても辣腕を振るわれた。皆さんも私に教えられるまでもなく、プロ野球再編問題の際の古田さんの活躍は御記憶に新しいと思われる。世論を確実に味方につけ、楽天球団の誕生を導くことに成功した。あの頃の古田さんは本当に輝いていた。
しかし、昨年から兼任監督に就任されてから、古田さんの輝きはどんどん失われていった。最初に断っておくが、私は前も述べたように、今期のうちのチームの不振は古田さんだけの責任ではなく、今期での辞任にはあまり納得できない気がする。ただ、これも前回述べたことであるが、古田さんの監督としての能力には疑問が残るのである。
今期の不振は、結局のところ、中継ぎ、抑えの投手の崩壊、内野の布陣の失敗に尽きる。先発はグライジンガーさんがおり、序盤は出遅れたにせよ他の投手陣もそこそこ頑張ってくれた。決して他球団に比べて弱いとは言えまい。横浜や広島と遜色がないのではないか。阪神よりはむしろ上であると言える。攻撃についても、岩村さん、ラロッカさんが抜け、リグスさんが脱落したとはいえ、青木さんとラミレスさんの二枚看板がおり、宮本さんだって頑張っているし若手もそこそこ打ってむしろ強力でさえあった。
問題は、なぜ中継ぎ、抑えの崩壊が起こったか、そしてこんなに内野の守備が乱れるのか、と言うことである。コーチ陣がうまく指導しないのかも知れない。ロケットボーイズが復活できないせいもあるであろう。もちろん、金がないと言って秋季キャンプを満足に行わなかった影響もあるであろう。しかし、それ以上に気になるのは、投手陣、野手陣共に私のような素人目で見ても自立したプレーが見られないことである。ピンチになった時、捕手は一球ごとにベンチを見る。守備位置を変えるときも必ずベンチを見る。チャンスの時、バッターは一球ごとにベンチを見る。まるで褒められたい子供が大人の顔色を常に伺うように、彼等は必ずベンチを見るのである。こんなにベンチを見る球団は他にはない。おそらく、ベンチから懇切ていねいな指示が出るのであろう。その指示に従っている限り、失敗しても咎められないし、自分の責任を感じないでもすむのであろう。このような環境は選手にとっては楽であろう。しかし、責任を感じない環境は自分の判断力を伸ばすことなく、結果として同じ過ちを繰り返していたのではないか。
野村監督は著書の中でヤクルトの選手は大人であった、と何度も書いている。しかし、今期のヤクルトメンバーは若手に限って言うならば子供であったように思える。しかも、たちが悪いことに地球上で最も役に立たない”親の顔色を常に伺う世間で言う良い子”であった。その筆頭が田中浩康選手である。私は正直、あの選手だけは見たくないし、使ってほしくない。彼には何度も何度も幻滅させられたが、特に酷かったのがあの忌まわしい阪神戦である。ヤクルトファンなら皆覚えているであろうが、5回表の攻撃で彼はボーグルソンさんからフェイクの死球で塁に出た。そのこと自体、卑怯でがっかりなのだが、それはまだ良い。これによって、ボーグルソンさんは制球を乱され、結果としてリグスさんが満塁ホームランを打って一時は逆転に成功した。問題はその後である。あんなことをされれば、相手は怒るに決まっているのである。つまり、あのようなアンフェアプレーをするならば、相手の怒りを受け止める気構えをもつべきなのである。それなのに、田中選手は次の打席でウィリアムスさんから報復に近い球を投げられると顔面蒼白となり、気死してしまったのである。あの時点で頭は真っ白になっていたのであろう。次の打席で球児くんのワイルドピッチの際に振り逃げを忘れ、同点機をみすみす潰して試合は終わった。おそらく、頭が飽和していて打席に立っているのがやっとだったのであろう。まさに、一度も怒られたことのない子供が始めて叱られたときの反応であった。プロ野球でこんなものを見せられてはたまらないのである。田中選手に限らず、今期のヤクルトは若手選手が青木さんを除いて皆子供であった。思い返せば、野村監督のときも、若松さんのときも、たとえ戦力が整わず、負けが込んでいようとも選手は大人であった。こんな情けない負け方はしなかった。残念ではあるが、選手を子供にした責任の一端は古田さんにあったのではないか。
次回も、古田さんについてもう少し述べていきたい。
東京ヤクルトは再建できるのか?のこと
少し前から、古田さんの去就問題が取りざたされてきていたが、今日は遂に次期監督として具体的に栗山さんの名前がスポーツ紙の一面に載せられてしまった。こうした報道を見るとあらためて終焉感でお腹いっぱいである。おまけに、Yahoo!アンケートでもお題としてヤクルト再建が作られ、それを見る限り、通り一遍のこと、それができれば苦労はないんだよ、という選択肢がてんこ盛りである。簡単に再建できないことはファンは重々わかっており、こんないい加減なもので語ってもらいたくはないんだよ。親会社からの資本注入なんてできるわけないじゃん。それがわかっていれば新戦力なんて簡単には口にはできないのである。こんなアンケートを作ったやつはケンカをうってんのかよ。
古田さんの監督としての力量には私自身、なんだかな〜と言う気持ちがある。これについては次回にでも詳しくお話したいと思う。ただ、だから監督を変えたらうまく行くのか?と聞かれるとそんな簡単なものではあるまい。大体、今年の低迷については昨年のオフの段階で十二分に想像が出来たはずである。お金がないという理由で秋季キャンプの人数を減らしていたからである。前代未聞であり、あの近鉄だってしていないのではないか。そんなことをすれば、練習できない以前にモチベーションが保てるはずもなく、結果として弱くなるに決まってるのである。それで古田さんに責任を取れと言うのはあんまりではないか。
私は基本的なスタンスとして、弱くてもいいから、ファンが納得するプレーをしてくれれば十分であると思っている。具体的には、JFKをタコ打ちしろとか、G打線を毎回完封しろとかそんなことは望まない。3連戦は3連敗しなければいいし、最下位になってもまあかまわない。しかし、今年のように勝てる試合を中継ぎ陣の崩壊や守備の乱れによってみすみす落とすと言うのは勘弁してもらいたい。また、このままでは、身売りされるのではないかと言う危惧があり、下手をすれば消滅して球界再編に繋がりかねないと思っている。それだけは何とかして阻止してもらいたいのである。このスタンスの中で私なりの再建論について述べることにする。
すでにCSプロ野球ニュースなどで散々言われているのだが、今年のヤクルトの課題は、戦術的には3つである。第一に中継ぎ、抑えの投手達の崩壊、第二に、守りのミスの多発、第三に小技が下手になったことである。これは解説者に言われるまでもないのであり、誰にだって分るんだよ、デーブ○久保!!特に内野の守りは総崩れと言っても過言ではない。これについて、私は正直言って夢想は語れるが具体的な解決が現有戦力によって直ちにできるとは思えない。夢を語るなら簡単である。我らがロケットボーイズがいきなり完全復活するとか、サードを守っている人がいきなり名手になるとか幾らでも妄想できる。しかし、それは妄想に過ぎない。確かに、守りや小技については練習次第とも考えられるが、前述のようにお金がないのでキャンプができないのであるから練習だって不十分であろう。大体、振り返って思うに、コンバートされた場合を除いて、センスの見られない野手がある時を境に突然名手になると言う例を、私はあまり見たことがない。長い目でうまくなるのを待っているうちに売り飛ばされてしまうのではないか。大体、今の内野陣が全て名手になるなどほとんど不可能である。
今のヤクルトには、最低でも防御率2点台の中継ぎ、抑えの投手を2人以上と、守備にムラのない内野手2人を外部から注入することが必要であり、それでようやく戦えるのではないか?しかし、これにはかなりのお金が必要となるわけで(他にも、トレードと言う手段もあるが、防御率2点台の中継ぎ、抑えの投手など今の野球では青木さんクラスを放出しなければトレードになるまい)、有り体に言って本当にヤクルト再建に必要なのは単にお金なのである。ところが、そのお金がないのであり、ホリエモンにたかられたり、デリバティブで大損害を受けた親会社さん達は資本注入できないと言うのが現状なのである。
では、どのようにすべきなのか?フジテレビもヤクルト本社もお金をくれないのであるから、自分で稼ぐより他にはあるまい。そう思って始めたF-Pojectはまんまと尻つぼみであった。神宮球場とフジテレビ739でしか宣伝しないのだから当たり前である。球場に足を運んでくれるお客さん、フジテレビ739を見ている人々は元々ヤクルトファンなのであり、彼等にのみ宣伝してもしょうがないのである。特に739なんてヤクルトファン以外はオタクしか見ていないのではないか?私は神宮のヤクルト戦を見るためにしょうがなく契約しているが、この年で契約するのが恥ずかしいくらいどうしようもない番組しかやっていない(プロ野球ニュースを除く)。あれで一月1000円も取るのであって、私に言わせれば739などはヤクルトファンの生き血を吸っているのである。と言うわけで、本気でお金を稼ごうと思ったら、F-projectなどのちんけなものをやってもしょうがないのである。
私が思うに、現状のヤクルト球団で唯一お金を生み出すことができるものと言えば、つば九郎しかあるまい。なんてったって”ヤクルトに過ぎたる物が2つあり、青木選手とつば九郎”と言われている?くらいである。キャラの可愛さと言う点では間違いなく十二球団で一番である。私が球団関係者ならば、最初につば九郎を主人公としたアニメ番組を製作し、日曜の午前9時〜11時台に放送してもらうようにフジテレビ本局に掛け合う。時間は5分程度の場つなぎ番組で十分である。内容も野球と関係なくても構わない。むしろ、関係がない方が良い。とにかく、日本中の子供達につば九郎の可愛さをまず、ちゃんと認知させるのである。半年程したら、ちびまるこちゃん、サザエさん、ケロロ軍曹やアンパンマン、ドラえもん等とコラボしてさらに認知を拡大させる。放送権の問題があるがそれはおいといて、できる限り、認知の拡大再生産を行うのである。その後、つば九郎マグカップ、つば九郎文房具などキャラグッズをおもむろに発売し、収入を得る。認知が行き渡ったら、始めて神宮球場でつば九郎ショーを行う。今やってもしょうがないのであり、寂しくなるだけである。これぞ”つば九郎キティちゃん化計画”とも言うべきもので、今どき野球にこだわっていては収入増など期待できないのである。また、このようなことを続けていくうちに、幾ばくかの子供達はヤクルトファンになってくれるかもしれない。
結局のところ、この計画も妄想と人は笑うであろう。しかし、こんな妄想でもしないと最近は夜も眠れないのである。
古田さんの監督としての力量には私自身、なんだかな〜と言う気持ちがある。これについては次回にでも詳しくお話したいと思う。ただ、だから監督を変えたらうまく行くのか?と聞かれるとそんな簡単なものではあるまい。大体、今年の低迷については昨年のオフの段階で十二分に想像が出来たはずである。お金がないという理由で秋季キャンプの人数を減らしていたからである。前代未聞であり、あの近鉄だってしていないのではないか。そんなことをすれば、練習できない以前にモチベーションが保てるはずもなく、結果として弱くなるに決まってるのである。それで古田さんに責任を取れと言うのはあんまりではないか。
私は基本的なスタンスとして、弱くてもいいから、ファンが納得するプレーをしてくれれば十分であると思っている。具体的には、JFKをタコ打ちしろとか、G打線を毎回完封しろとかそんなことは望まない。3連戦は3連敗しなければいいし、最下位になってもまあかまわない。しかし、今年のように勝てる試合を中継ぎ陣の崩壊や守備の乱れによってみすみす落とすと言うのは勘弁してもらいたい。また、このままでは、身売りされるのではないかと言う危惧があり、下手をすれば消滅して球界再編に繋がりかねないと思っている。それだけは何とかして阻止してもらいたいのである。このスタンスの中で私なりの再建論について述べることにする。
すでにCSプロ野球ニュースなどで散々言われているのだが、今年のヤクルトの課題は、戦術的には3つである。第一に中継ぎ、抑えの投手達の崩壊、第二に、守りのミスの多発、第三に小技が下手になったことである。これは解説者に言われるまでもないのであり、誰にだって分るんだよ、デーブ○久保!!特に内野の守りは総崩れと言っても過言ではない。これについて、私は正直言って夢想は語れるが具体的な解決が現有戦力によって直ちにできるとは思えない。夢を語るなら簡単である。我らがロケットボーイズがいきなり完全復活するとか、サードを守っている人がいきなり名手になるとか幾らでも妄想できる。しかし、それは妄想に過ぎない。確かに、守りや小技については練習次第とも考えられるが、前述のようにお金がないのでキャンプができないのであるから練習だって不十分であろう。大体、振り返って思うに、コンバートされた場合を除いて、センスの見られない野手がある時を境に突然名手になると言う例を、私はあまり見たことがない。長い目でうまくなるのを待っているうちに売り飛ばされてしまうのではないか。大体、今の内野陣が全て名手になるなどほとんど不可能である。
今のヤクルトには、最低でも防御率2点台の中継ぎ、抑えの投手を2人以上と、守備にムラのない内野手2人を外部から注入することが必要であり、それでようやく戦えるのではないか?しかし、これにはかなりのお金が必要となるわけで(他にも、トレードと言う手段もあるが、防御率2点台の中継ぎ、抑えの投手など今の野球では青木さんクラスを放出しなければトレードになるまい)、有り体に言って本当にヤクルト再建に必要なのは単にお金なのである。ところが、そのお金がないのであり、ホリエモンにたかられたり、デリバティブで大損害を受けた親会社さん達は資本注入できないと言うのが現状なのである。
では、どのようにすべきなのか?フジテレビもヤクルト本社もお金をくれないのであるから、自分で稼ぐより他にはあるまい。そう思って始めたF-Pojectはまんまと尻つぼみであった。神宮球場とフジテレビ739でしか宣伝しないのだから当たり前である。球場に足を運んでくれるお客さん、フジテレビ739を見ている人々は元々ヤクルトファンなのであり、彼等にのみ宣伝してもしょうがないのである。特に739なんてヤクルトファン以外はオタクしか見ていないのではないか?私は神宮のヤクルト戦を見るためにしょうがなく契約しているが、この年で契約するのが恥ずかしいくらいどうしようもない番組しかやっていない(プロ野球ニュースを除く)。あれで一月1000円も取るのであって、私に言わせれば739などはヤクルトファンの生き血を吸っているのである。と言うわけで、本気でお金を稼ごうと思ったら、F-projectなどのちんけなものをやってもしょうがないのである。
私が思うに、現状のヤクルト球団で唯一お金を生み出すことができるものと言えば、つば九郎しかあるまい。なんてったって”ヤクルトに過ぎたる物が2つあり、青木選手とつば九郎”と言われている?くらいである。キャラの可愛さと言う点では間違いなく十二球団で一番である。私が球団関係者ならば、最初につば九郎を主人公としたアニメ番組を製作し、日曜の午前9時〜11時台に放送してもらうようにフジテレビ本局に掛け合う。時間は5分程度の場つなぎ番組で十分である。内容も野球と関係なくても構わない。むしろ、関係がない方が良い。とにかく、日本中の子供達につば九郎の可愛さをまず、ちゃんと認知させるのである。半年程したら、ちびまるこちゃん、サザエさん、ケロロ軍曹やアンパンマン、ドラえもん等とコラボしてさらに認知を拡大させる。放送権の問題があるがそれはおいといて、できる限り、認知の拡大再生産を行うのである。その後、つば九郎マグカップ、つば九郎文房具などキャラグッズをおもむろに発売し、収入を得る。認知が行き渡ったら、始めて神宮球場でつば九郎ショーを行う。今やってもしょうがないのであり、寂しくなるだけである。これぞ”つば九郎キティちゃん化計画”とも言うべきもので、今どき野球にこだわっていては収入増など期待できないのである。また、このようなことを続けていくうちに、幾ばくかの子供達はヤクルトファンになってくれるかもしれない。
結局のところ、この計画も妄想と人は笑うであろう。しかし、こんな妄想でもしないと最近は夜も眠れないのである。



